マリ@トンブクトウ

 2004.02.03〜0219 西アフリカ 7ヶ国を旅した。マリでは、3つの世界遺産の黄金郷トンブクトウ、ジェンネの月曜市で有名なモスク、秘境の村ドゴン族のサンガ村などを観光した。

 マリは、人口1080万人、面積1240千平方キロメートル、公用語はフランス語、宗教はイスラム教、1960年フランスから独立した。

04.02.08 民族衣装が鮮やかなドゴンの仮面の踊り

 さまざまな動物、鳥、人などを象徴させた仮面をつけて踊る。
04.02.08 モプティ空港

 ドゴン族の村へは、モプティを起点として訪ねた。
04.02.08 ドゴン族の集落

 サンガ村への途中、いくつかのこのような小さな集落があった。
04.02.08 サンガ村の大バオバブの木 04.02.08 ドゴン族のサンガ村で
04.02.08 サンガ村は、この崖の上にある。崖の下にも集落がある.  04.02.08 崖に穴をあけて葬った墓
04.02.08 ジャッカルの占い

 この場所に写真のように短い棒を何本も立て、餌を撒いておく。
ジャッカルが来て、歩いた足跡を見て占う。
04.02.08 なんでも頭に載せて運ぶ
04.02.08 ドゴン族の仮面の踊り 04.02.08 歌い手たち

 歌い手が、太鼓を叩いて歌い、踊り手がこれに合わせて踊る
04.02.07 トンブクトウの街角で開かれているコーランの学校

 16世紀初頭には、アフリカ最大の文化都市として、アフリカ各地から学生が集まってきたというトンブクトウも今は、サハラ砂漠に
隣接するため、砂に埋もれつつある。
04.02.07 首都バマコからトンブクトウへのチャーター機 04.02.07 バマコ空港でアメリカ人一家と
04.02.07 トンブクトウ空港でローカルガイドのモハメド・アリさんと 04.02.07 トンブクトウ空港で
04.02.07 世界遺産ジンゲリベリモスクで 04.02.07 ジンゲリベリモスク
04.02.07 探検家ルネ・カイエが住んだ家 04.02.07 シディ・ヤヒヤモスク
04.02.07 サンコレモスク 04.02.07 サンコレモスクで
04.02.07 トンブクトウの市場風景 04.02.07 トンブクトウの街角
04.02.07 砂漠化が進むトンブクトウ 04.02.07 ローカルガイド モハメド・アリさん
サハラ砂漠をラクダで散策 04.02.07 サハラ砂漠で
04.02.07 トゥアレグの集落で 04.02.07 トゥアレグの女性

 サハラ砂漠に住む10戸ほどのトゥアレグ族の集落をラクダに
乗って訪ねた。
04.02.07 トゥアレグ族の家 04.02.07 小さな店

 訪問客があると、早速飾り物などの店を開く
04.02.07 トゥアレグ族の人と 04.02.07 平和記念碑
04.02.06 首都バマコ 道端でものを売る人
04.02.06 首都バマコ市内 04.02.06 農作業風景
04.02.06 農作業中の青年と

 バマコで宿泊したサラムホテルの前は畑だった。
04.02.06 サラムホテルの前で
04.02.06 市場風景 04.02.06 アートセンター
04.02.06 アートセンターで 04.02.06 高台から見るニジェール河とバマコの街
04.02.06 バンバラ族のサナンコロバ村
04.02.06 村の風景 04.02.06 洗濯板を使って洗濯する女性
04.02.06 カリテの実の選別作業 04.02.06 赤ちゃんは可愛い
04.02.06 カリテの実で作ったバター
04.02.06 マンゴー
04.02.06 バンバラ族のサナンコロバ村で 04.02.06 食事の準備をする母子
                             


   サハラ砂漠に生きる

 いろいろな国を旅した中で、こんなにも強く凛々しい母の姿を見たことがない。

その女性は、サハラ砂漠に立っていた。

 16世紀初頭には、アフリカ最大の文化都市として、アフリカ各地から学生が集まってきたというトンブクトウは、サハラ砂漠に隣接している。今は風によって砂漠から運ばれる砂で町が埋まるという脅威にさらされている。

この町の近くに、砂漠の民トゥアレグ族の10戸ほどの集落があるというので、ラクダに乗って訪ねた。

見渡す限り砂漠である。

そこに、移動用のテントがあり、その近くの炊事場で、その女性は食事の準備をしていた。

 電気、ガス、水道がない。かまどもない。畑もない。わずかに「鍋とやかん」があるだけである。

私たちがここに置かれたら1週間も生きられないだろうと思った。。

そんな生活環境でトゥアレグ族の人たちは何千年も命を伝えてきたのだ。

 自然環境に適応して生きる人間の強さに驚嘆した。